サラーム!中央アジア絶景乗馬旅、アシュトラベルのSugiです。
先日、日本に一時帰国して、両親と観光地を巡ってきました。
日本の完成度の高い観光地に改めて感動しつつ、 道中でひとつの問いがずっと頭を離れませんでした。
なぜキルギスの旅って何度でも戻りたくなるんだろう?
日本の観光地との3つの違いを手がかりに、 キルギス在住スタッフの目線で不思議な魅力を紐解いてみます。
一回で満足する観光と心を動かされる旅

日本へ一時帰国時に訪れたのは、和歌山の三段壁など、いくつかの日本の観光地。
日本の観光地って、本当に完成度が高いんですよね。案内もトイレもお土産屋も、ぜんぶそろっている。大自然も食べ物も素晴らしくて、両親も大満足。私自身も、心から楽しみました。
そして歩きながら、ふと気づく。
一回でしっかり満足させてくれる完成度の高さがあるな、と。
だからこそ、次はまた別の場所を見てみたい、という気持ちになる。
一回で十分満足できる完成度の高い観光が日本の観光スポットのよさじゃないなと思います。
同時に、キルギスに戻ったときのことを思い出しました。
キルギスの観光地って、同じ場所に何度でも足を運びたくなります。
それどころか普段はめったに泣かない私が、キルギスの旅の途中、同じ場所なのに行くたびに心が震えて涙が出てしまうことがあります。
とんでもなく心を動かされることばかり。
アシュトラベルにご参加いただいたお客様からも、忘れられない旅になった、というお声はもちろん、実際に何度もキルギスに戻ってきてくださる方がとても多いです。
日本では一回で満足できる完成度の高い観光、キルギスは心を掴まれて何度もきたくなる観光。
この違いは、いったいどこから来るんだろう?
キルギスの旅が心を動かす理由|日本との3つの違い

個人的に思いついたことですが、この3つがキルギスの旅を「また会いに行きたくなる旅」にしている気がしています。
違い1|懇切丁寧な案内表示がほぼない

キルギスの観光地は、案内板そのものが少ないです。
あっても、地名がぽつんと書いてあるだけ。ここは○○です、以上、みたいな潔さ。
ブラナの塔やアラアルチャなど整備された場所には説明の看板がありますが、大自然が魅力の観光スポットは本当に案内がありません。
例えば、赤い岩肌が続く絶景スポットのスカスカキャニオン。私が大好きな場所。
景色は本当にすごいのですが、案内入り口に1枚程度。歴史も伝説も詳しいことはわかりません。
日本のお寺だったら、いつ誰が建てたか、どんな逸話があるか、この石の意味まで、丁寧に書いてありますよね。多言語対応もされていて、ひとりでも安心して観光できる作り。
でもキルギスに来ると、背景の情報より先に目の前の絶景に心を奪われます。シンプルだからこそ、景色そのものが心に強く残るのかもしれません。
違い2|トイレも売店も想像より少ない

スカスカキャニオンには、トイレがありません。
ソンクル湖は観光地化が進んできて、トイレやシャワー付きのユルタキャンプは増えていますが、店らしい店はほぼゼロ。お土産屋も、飲食店も、売店も、見当たりません。
日本なら、名所の周りには必ずお土産屋がずらり、飲食店がずらり、清潔なトイレが完備。地元名物のソフトクリームまで待機してくれています。
疲れたら座れる、トイレの場所すぐわかる、食事も甘いものも全部そろう。訪れる人のことを考え尽くした設計です。
キルギスは、そういう気配りが、そもそも観光地の設計思想に入っていません。
自分で水を持ってきて、崖を眺めて、風の音を聞いて帰る。
すごくシンプルで目の前の自然に集中できるのがキルギスです。
違い3|情報は場所ではなく人の中にある

ここが、私が一番おもしろいと思っているところ。
日本の観光は、いわば文字で理解する観光。
情報が場所に設置されていて、看板・パンフレット・多言語表示を読めば、ひとりでも意味が分かります。
キルギスの観光は、人から聞く観光。
この山の伝説も、なぜここにユルタがあるかも、この湖が地元でどう使われてきたかも、全部、看板ではなく人が持っています。ガイドや、たまたま出会った地元のおじいちゃんおばあちゃんが。
つまり、
日本は情報が場所に設置されている。
キルギスは情報が人の中にある。
看板の代わりに人が案内してくれる、と言ってもいいかもしれません。
そして人から聞いた物語は、看板を読むより何倍も心に残りやすいように思います。
キルギスでは自然にドップリ浸れる

え、トイレも売店もないの…?と最初は不安になるかもしれません。
でも、しばらく歩いていると、静けさに引き込まれます。
視界に人工物が少ないぶん、風の音や、鳥の声や、水の流れが、耳の奥まで届いてきます。
案内板を追わないから、目線は自然に景色そのものに向きます。
売店の呼び込みも観光案内のアナウンスもないから、頭の中まで静か。
キルギスの観光地は、情報が少ないからこそ、体験は濃くなる構造になっています。
ガイドがいるとキルギスの旅は化ける

今の時代、SNSやAIで事前にかなり調べられます。個人旅行も十分できる時代。
それでも、キルギスではガイドがいると旅の質が全然変わると思っています。
臨機応変なおもてなし
アシュトラベルのガイドがやっているのは、決められた工程を淡々とこなすのではなく、その時のお客様に合わせるおもてなし。
お客様の様子をよく見て、コミュニケーションを取って、その瞬間に最適なことを提案。
疲れてそうだから、この辺で休憩にしましょうか。
今日は天気がいいから、こっちのルートで行ってみましょう!
そういえば、この村にこんな話があって…。
などなど、常時設置の看板の代わりに、その場でスッと出てくる引き出しがたくさん。
日本語ガイドの日本仕込みの細やかさ
アシュのガイドは、英語ガイドも日本語ガイドも気配りができる人ばかり。
特に日本語ガイドは、日本に行った経験がある人が多くて、日本らしい細やかさも肌で知っています。
キルギスのおもてなしは温かさが魅力。そこに日本らしい細やかさがプラスされたアシュの日本語ガイドは、最強なんじゃないかと個人的に思っています。
旅程はあえてざっくりがおすすめ
アシュのツアーは、安全面はきっちり調べつつ、旅程はあえて余裕を持たせています。
その日の天気、その時のお客様の体調、途中で見つけた面白い寄り道。
決めすぎず、その場で最適を選ぶ方が、結果的にいい旅になるからです。
例えば、イシククル一周の旅でガイドが知っているユルタ工房に寄ったり、日曜日にチョンケミンの近くを通るときは家畜バザールに寄ったり。
日本は予定を大事にする文化なので、日本のお客様は何時に到着するのか、次にどこへ行くのか、気になるかもしれません。
もちろん、事前にできる限りお答えします。
ただ、ある程度は現地のガイドにまかせていただけると、その日の一番いい景色や、一番おいしいタイミングの食事にたどり着けることがあります。
看板の代わりに人が活躍する国

観光スポットでは看板が少ないキルギスですが、その分人が濃いです。
村で道を尋ねたら、いつのまにか家までお茶に招かれていたり。
「日本人?兄弟だね!」と、初対面なのに家族みたいな距離で迎えてくれたり。
ガイドが、山の伝説や湖の名前の由来をまるで昔話のように語ってくれたり。
看板を読むかわりに、人の言葉で土地を知っていく。
情報が人の中にあるということは、旅の途中で誰かの物語に触れるということ。
たぶんそれが、キルギスの旅で一番おもしろいところであり、心に突き刺さってまたリピートしたくなり理由かなと思います。
もし気になったらこんな旅もあります
キルギスの絶景とそこにいる人の物語を両方味わえる旅。
気になる方は、アシュトラベルのツアーもぜひのぞいてみてください。
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